ソウル照覧

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【ダークソウル考察】五行思想で考察する、グウィンは本当に太陽の王だったのか?説~4~

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大王グウィンが自らを薪にしなければならなかった切実な理由

 

太陽の光の王グウィンは、自らを薪として<はじまりの火>に火に焼べた。

 

それは火の時代の陰りを予見し、火を絶やさぬためである。

かくして火は勢いを取り戻し、世界は再び火の時代を迎えるのである。

 

これが正史での大王グウィンが薪となった顛末であり、ダークソウルにおける火継ぎシステムの始まりでもある。

 

素直に受け止めれば、この話はここでおしまいだが、ここであえて

陰陽五行説に基づいてみると、これまた予想外な考察が浮かび上がってくる。

 

それはグウィンが薪にならざるをえなかった本当の理由である。

彼がはじまりの火の薪になったのは、決して彼自身が望んだことではなかった。

 

だがとめどなく湧き上がる”恐怖”が、彼に火の薪になることを選択させたのである。

 

グウィンが太陽の神なら薪になる必要はなかった?

筆者がことごとく、グウィンが本当に太陽の王であるのかを疑う

もう一つの根拠として挙げたいのが、なぜ自ら薪になったのかという点である。

 

たとえば、グウィンが太陽の神であったなら、他に燃料となる薪(人柱)を用意させ、太陽の熱で火を興し、火の時代を継続することができたのではないだろうか。

 

またグウィンの力が火力の元になるなら、イザリスの魔女たちは、

危険を冒してまで独自に火を開発する必要もなかったはずである。

 

 考えれば考えるほど妙な話である。

 

本当にわざわざ自分を薪として火に焼べ、永劫の苦しみを味わう

必要などあったのだろうか。

 

しかしグウィンは実は木(雷)属性の神だった。つまり太陽の神ではなかった。

 

それを前提とした場合、グウィンの<真の姿>、そして<火継ぎ>とはなんだったのかが見えてくる。

 

 最終戦のグウィンは<薪の王>という称号にリネームされている

<火継ぎ>とは、王のソウルを集めた者が薪になって、消えかけた

はじまりの火を再び熾し、火の時代の礎となるというものである。

 

ダークソウル1では、主人公が王のソウルを集める試練を見事達成し、

はじまりの火の炉にて<薪の王>グウィンを倒し、新たな薪(人柱)と

なって火の礎となる様が描かれている。

 

グウィンは初代薪の王である。だがそれ以前に”太陽の光の王”の称号を冠していた。

だがラスボス戦ではわざわざ<薪の王グウィン>と名打たれている。

 

ここがミソだと筆者は感じる。このネーミングこそが、ささやかに

グウィンの<本当の正体>を曝しているのではないかと。

 

火の時代に対するグウィンの凄まじい執着により、世界は呪われた。

 <火継ぎ>とは呪いである。これは掛け値なしにそのままの意味である。

 

より具体的に言うと、火継ぎとは火の時代を継続させるためのシステムであり、グウィンが世界にかけた呪いなのである。

 

グウィンがはじまりの火に自らを薪として捧げた後、火の時代を

継続するために<火継ぎ>が行われてきた。

 

この<火継ぎ>というシステム、それ自体が火の時代という神々の栄光の時代を終わらせないためのものなのである。

 

だがどうして、世界を支配する大王グウィン自らが、

薪とならねばならなかったのか。

 

なぜなら、筆者が述べてきたように、グウィンは太陽の神ではなく

木属性由来の雷の神であったからである。

 

彼はそれを隠し、長らく自身を”太陽の光の王”と僭称して、真実の姿を欺瞞で覆い隠した。

 

<火継ぎ>による全ての悲劇は、火の時代に対するグウィンの強い執着から吐いていた嘘によって、始まったと言っても過言ではない。

 

グウィンによって生み出された火継ぎの呪い

 

グウィンが生み出した火継ぎには重大な欠陥がある。薪となる燃料が

燃え尽きたら、新しい燃料を足さねばならない。

 

この点からもグウィンが太陽の神であることへ疑いが生じる。

自身が太陽の神なのに、自ら火と熱を生み出すことはできないらしい。

 

またダークソウル1内のテキストでは火の神フランの存在についての言及がある。

 

グウィンはなぜ、火の神フランに火を熾すよう命じなかったのだろう?

 

また火継ぎが抱える重大な欠陥を、創始者のグウィンが気付いていなかったはずはない。

 

それも承知の上で、何もかも自分だけで背負い薪となったのには、

相当の理由があったはずである。

 

通常ならば重大な欠陥を抱えたシステムを採用する道理はない。

時間が無かったがゆえの決断という可能性も当然考えられる。だが

ひねくれものの筆者はこう考えるのである。

 

グウィンが火を熾すには、薪を必要とする<火継ぎ>以外に選択肢が

なかったから、採用したということではないのかと。

 

<火継ぎ>を行うには薪が必要となる。だからこそグウィンは自ら薪となったのではないかと。

 

はじまりの火を再び熾すには薪が必要。しかしグウィンは太陽の神

ではないので、火と熱を生み出すことができなかった。

 

これにグウィンの正体に関する考察を加えることで、<火継ぎ>を

行うことを選択した理由、そしてなぜ<火継ぎ>がはじまりの火に

自らを焼べる方式となっているのか、その理由も見えてくるのである。

 

~次回に続く~

 

※ダークソウルの解釈はこれが正解というものがなく、どう解釈するかは個人の自由です。あくまで一つの考察としてお楽しみください。